地を這う生活者

僕はまだ土地に根ざした活動をやりとげて 

いないと感じる。僕の体は僕の住む土地に親水しない

根腐れを起こし、僕の体は腐敗した藻類として流れる水への抵抗を持たない

今かろうじて持ちこたえているが、大水が出れば砂礫と土砂に埋もれ

澱んだ水底でにおいもなく分解されてゆく運命だ

それでもいつの日か、僕はひたいに汗して肥沃なくろ土をたがやし

僕の植えた苗は群青を突く稲穂となって 

重たく豊かに実るだろう

こがね色の稲田で働くのは、じつに僕の妻や娘たちだ

まっしろなワンピース姿の娘たちが手のひらを太陽で満たして騒ぐ

妻が僕の傍らで秋物のセーターを編む

僕は木陰に腰をおろし、冷酒を口にふくんで

ゆすぐようにして喉で心地よく味わう

その喉の清涼こそ家庭の味なのだ

そんな手すさびの空想を逞しうして、夜ごと枕もとで寝苦しくするうち

僕は根拠の十分な絶望にかられて

堪らなく苦しく叫びたくなるのだ

冬ごもり のために

たくさんのくぬぎを必要とした

僕らは集めた 朽ち葉を細かく咬んで

おがくずの寝床をしつらえた

菌糸ベッドで眠るわが子を おがくずのふとんにやさしくうずめ

妻はあくびをかみ殺し 僕の寝間着の袖をひいた

僕らはくぬぎの底で 深くゆるやかな呼吸をし くぬぎの底で

雪の重みで軋んだ天井を仰いだ

真冬の夢の 根雪のぬかるんだ土くれ

草の芽吹きに刳り抜かれた虚の春をゆめみて

長く冷たく蓋をおとした雪の幾千夜を

意識のとろ火で煮こまれまどろんでゆく

希望

壜を購入したいのちの水をそそぐための壜を

僕はそれを枕もとに置き

うなされて目覚めるたびひとくち飲んだ

分厚いカーテンをおろした暗い寝室で結露した

くみ置き水は月日が経つにつれ腥くとろみを増した

壜の中でぼうふらを湧かしたのか?

体内で孵化した蚊の群れが暴れだし

僕の喉や鼻から希望をくすねる蟲たちが蚊柱となって立ちのぼる

手遅れになる前に早く ねえ むしくだしを飲んでしまえ

僕は壜を手放したいのちの水をそそぐための壜を

壜の底に沈んだ澱を直視するまいとして

苦痛

苦痛の担い手たち 

煤吹く死者たちを籠に背負い運ぶ者たち

死は彼らの背中で醸成され 

痛みの濃度は静かに高められてゆく

死者たちの発するおぞましい苦痛が揺さぶられるたび

籠の編み目から無数の瘴気と煤が漏れだし

瀝青を垂らした跡が

点々と彼らの歩む道筋を穢した

彼らに与えられるべきつかの間の安息はなく

すべての生前の縁をふりほどくまで彼らの仕事はおわらない

背後で死の昂ぶりを感じるたび

担い手たちは顔を寄せ合い悲痛な冗談を口にした

猥雑なジョークが滑稽みを帯びるほど

彼らの背骨は重みに耐えかねひしゃげられてゆく

歪んだ背骨の痛みをこらえながら

彼らは顔を寄せ合い相談する

次は誰が籠を背負うべきかを

この汚穢の籠を

誰かが痛みを背負わなくてはならない

このなかの誰かが

月見酒

見事な月が漂う晩なので

僕らは全身を無数の月光で貫かれてしまい

ほとんど瀕死状態だったのだが

酒飲みの卑しさで まだ飲み足りないとコンビニで安酒を買い

川辺で月見酒と洒落込んだ

冬枯れの葦の繁る土手を

体の無数の傷穴から酒気を垂れ流してよろめき下った

上着のポケットに突っこんだ肉まんが

食べられる熱源として満足感を与えてくれる

川べりに腰をおろし ワンカップのプルタブを引いて

月世界の末裔たる者たちへ献杯した

きんきんに凍らしたウォッカの川は水量が乏しく

とろりとしたゼリーの煮こごり

遠くの鉄橋の灯りが青ざめて心細く宿っている

友人は外套の袖を二度ほどまくると

川辺に落ちている手頃な石を拾いあげ

その平べったく凍えた塊を川面へ投じた

水面へ浮かぶ満月の円かな浅黄色をうち壊さんと

ふたつ みっつと抛りだした

月影は一瞬ゆらめくものの

またすぐそのなめらかな輪郭を取り戻し

ほうっとしたシルエットを水面に映しだした

僕らはことばもなく 勇気づける酒ももはや尽きて

しんみりとした夜気がくたばりゆく僕らの

マフラーの繊維を冷気がきつく噛んだ

プレゼント

鬼灯色をした硝子の球体を口に含んだ

舌で転がしたなめらかなあめ玉

奥歯で噛むと硝子に亀裂が生じて

ぴしん、ぴしんと共鳴した

素焼きの陶器の破片を口へ入れる

舌先が土っぽくざらつく

味蕾にぴりつくのは子供の頃遊んだ花壇の味

雨上がりの午前に嗅いだ夏草の噎せるようなにおい

胃のなかで硝子と陶器が混淆して

きらきらした雲母がお尻の穴から出てくるのを

朝いちばんのお通じで期待した

それはたぶん なのかめの便秘の敬虔な祈りにすこし似ている

一時間ほどがんばってごろんとした一個の卵を産んだ

僕の胃腸を通過した強く頑なな愛情を

きれいな箱に入れてラッピング用のリボンで結わえて

届けたい貴女へ

苔生す

雪融けの流水に洗いぬかれた骨片の体を木陰にさらそう

白く漂白され 木管楽器としての空洞を抱えて

数多の別離の季節は爪弾かれてゆく

やがて骨は月日の重みに耐えかねて

おのずと生じた割れ目や陥没を

無数の怠惰な苔が繁茂した

すなごけ

ぎんごけ

骨という骨を

ビリジアンの海嘯がおし広めた

骨はみずからを次世代へ繋ぐ苗床と定義しなおし

逓信病院の廊下のようなリノリウムの草原を

葉緑素でいっぱいに満たして

決して土に混じわることなくこの惑星の文明の果てまで

見届けようとした

炭素を含んだ一個の骨のままで

黄昏

サイダー壜底にこびりつく

気泡を固める仕事を学ぶうち

甘やかな少年の心穿たれた

冬の日のアトリウムは人類が

滅んだあとの閑けさ

眠気が木々のすきまへ積もる

瓦礫の上に音もなく雪降る夕刻

道迷い

きつねとの別れのあと

埃の粒がおしろいめいて頬をぬらし 泪の跡が目立たなくなるのを歓迎した

なにしろかなしい出来事が多すぎたから

泣きくたびれすずかけ通りを南南東へ向かい

加密列のかおる国道沿いのバス停で道を尋ねた

黒ぐろとした影男たちは、迷い子に小さなプラスチック片を渡した

やがてバスが木炭の煤を吐きながら走ってきて

頭のてっぺんの栓を抜いて体から僻んだ拗ねた空気を放出した

しぼんでゆく体から おうど色の瓦斯が噴いた

くらくらしためまいと かすかな胸のざわつき

こんな見当違いの錯綜が常態だから

木化石のきつねにつままれて三かいに家もなく

都市空間を放ろうするのだろうか

えのはなに到着したら、その土地のあたらしい空気を買わなくては

きつねの鉱毒が混じらない

土地勘が濁らないまっさらな空気を吸い

何年先か 何十年先になるかはわからないが

この空間酔いさえ克服すればきっと私も道に迷わなくなるのだと

手のひらを固く結び

祖母から教えられたとっておきのまじないを唱えた

昂る詩情が夜をかき鳴らしたなら

僕らは約束の糸を結ぼう

指の第二関節にゆるく

結わえられた銀の糸

手繰り行き着く先は 青ざめた砂金の沈む湖