苔生す

雪融けの流水に洗いぬかれた骨片の体を木陰にさらそう

白く漂白され 木管楽器としての空洞を抱えて

数多の別離の季節は爪弾かれてゆく

やがて骨は月日の重みに耐えかねて

おのずと生じた割れ目や陥没を

無数の怠惰な苔が繁茂した

すなごけ

ぎんごけ

骨という骨を

ビリジアンの海嘯がおし広めた

骨はみずからを次世代へ繋ぐ苗床と定義しなおし

逓信病院の廊下のようなリノリウムの草原を

葉緑素でいっぱいに満たして

決して土に混じわることなくこの惑星の文明の果てまで

見届けようとした

炭素を含んだ一個の骨のままで

黄昏

サイダー壜底にこびりつく

気泡を固める仕事を学ぶうち

甘やかな少年の心穿たれた

冬の日のアトリウムは人類が

滅んだあとの閑けさ

眠気が木々のすきまへ積もる

瓦礫の上に音もなく雪降る夕刻

道迷い

きつねとの別れのあと

埃の粒がおしろいめいて頬をぬらし 泪の跡が目立たなくなるのを歓迎した

なにしろかなしい出来事が多すぎたから

泣きくたびれすずかけ通りを南南東へ向かい

加密列のかおる国道沿いのバス停で道を尋ねた

黒ぐろとした影男たちは、迷い子に小さなプラスチック片を渡した

やがてバスが木炭の煤を吐きながら走ってきて

頭のてっぺんの栓を抜いて体から僻んだ拗ねた空気を放出した

しぼんでゆく体から おうど色の瓦斯が噴いた

くらくらしためまいと かすかな胸のざわつき

こんな見当違いの錯綜が常態だから

木化石のきつねにつままれて三かいに家もなく

都市空間を放ろうするのだろうか

えのはなに到着したら、その土地のあたらしい空気を買わなくては

きつねの鉱毒が混じらない

土地勘が濁らないまっさらな空気を吸い

何年先か 何十年先になるかはわからないが

この空間酔いさえ克服すればきっと私も道に迷わなくなるのだと

手のひらを固く結び

祖母から教えられたとっておきのまじないを唱えた

昂る詩情が夜をかき鳴らしたなら

僕らは約束の糸を結ぼう

指の第二関節にゆるく

結わえられた銀の糸

手繰り行き着く先は 青ざめた砂金の沈む湖

イリンクス

あらすじ

地球から遙か遠くの深宇宙の水の惑星。分厚い氷に閉ざされた深海域に棲息する環形動物の少女は、ある日機械の少年を拾う。〈文明の羹〉を名乗る人工知能の少年は異邦の海底世界に地球の知識を広めようとするが……。繁殖の円環から逸脱した者たちの理と感動をめぐるナラタージュ。

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